奈良の伝香寺(でんこうじ)は、戦国大名であり、一時期大和の国を治めていた筒井一族の菩提寺である。

もとは天平時代に、鑑真和上の高弟・思詫(したく)が庵を結んだ場所であり、実円寺と称されたが荒廃…。

その後800年余り経た1585年に、若くして没した筒井順慶(じゅんけい)の菩提を弔うために、母・芳秀尼(ほうしゅうに)がお寺の建立を発願され…実円寺を再興された。

その時に寺号を伝香寺と改められて今に至る。

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御本尊の釈迦如来像を祀る本堂は、表門とともに再興時に建てられたもので当時の面影を残している。

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この本堂の前にある大きな椿も、芳秀尼が香花の絶やさざる寺院を願って植えられた木の子孫(3代目)だそうだ。

普通は椿といえば…ポトっと花ごと落ちてしまうイメージだが、こちらはまるで桜のようにハラハラと花びらが散っていく。

糊こぼし椿(東大寺)五色椿(百毫寺)とともに、大和の三名椿として知られている。

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本堂に向かって左には、地蔵菩薩像が安置されたお堂がある。

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こちらのお地蔵さまは他と少し違っており…見てのとおり着物を着せてもらっていることで有名♪
木像の本体は裸形(はだかんぼ)なのである。

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実は…このお寺は境内の半分以上を幼稚園が占めている(*´ω`)本堂の前に雲梯あるし

まぁ、お寺に幼稚園が併設されているというのはは、京都も奈良もよくある話だが・・・

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ここに、戦後東京から移り住まれた児童文学者の久留島 武彦(くるしま たけひこ)氏の碑がある。

は?誰それ?と思う方も多いだろう(*´ω`)

久留島さんは、日本人なら誰でも知っているあの名曲夕やけ小やけの作詞者である。

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彼が東京で営んでいた早蕨幼稚園が戦火で焼失してしまい…新たに建てたのが、このいさがわ幼稚園なのだそうだ。

少しウイキペディアからそのまま引用すると

1924年、日本童話連盟が創立され、厳谷小波らと共に顧問に就任。同年にデンマークで行われたボーイスカウトの第2回世界ジャンボリーに、日本の派遣団副団長として参加した。このときアンデルセンの生地であるオーデンセを訪れ、アンデルセンの生家が物置同然に扱われている事や、彼の墓が手入れもされず荒れ放題だったことに心を痛め、地元新聞をはじめ、行く先々でアンデルセンの復権を訴えた。これに心動かされたデンマークの人々は彼を「日本のアンデルセン」と呼ぶようになった。

というほどの人物。

こんなに立派な功績をあげている人物のことを何故、日本の教育では教えてもらえないのかね~(;・∀・)







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