朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)は奈良と大阪の県境の生駒山に連なる信貴山(しぎさん)にある。

ここは奈良の中でも屈指のパワースポットの一つだ。

山の上の方に本堂が建てられ、御本尊が毘沙門天(びしゃもんてん)・・・どこか京都の鞍馬寺と似ているが、こちらにケーブルカーはない(笑)

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信貴山は、1400年前に聖徳太子蘇我馬子(そがのうまこ)とともに物部守屋(もののべのもりや)の討伐を祈願され…寅の年・寅の日・寅の刻に虎を引き連れた毘沙門天が出現されて、戦勝の秘法を授けられたので見事に勝利されたとされる。

以来、この山を「信ずべき貴ぶべき山」と名付けられ毘沙門天の尊像を守護神として祀るようになったのが創建の由来だ。

もう若い世代には分からないかもしれないが、第二次世界大戦のときの真珠湾攻撃で、日本軍の奇襲攻撃が大成功した事を知らせる電文がトラ・トラ・トラだったのは有名な話。

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1970年には「トラ・トラ・トラ!」という戦争映画がアメリカで作られたほど・・・(;・∀・)日本映画じゃないよ

当然これは日本軍の暗号なので、それを傍受していたアメリカ人は意味はさっぱり分からず「虎のように攻めてきた!」と本国に連絡したとか・・・

真珠湾攻撃は今から70年前の出来事だが、勝利の暗号にトラ・トラ・トラを使うくらいなのだから当時の人達には1400年前の、毘沙門天の話が伝わっていたということである。

今はもう知らない人がほとんどだから、伝えないといけない(汗)

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ここは山全体がまるで何かのテーマパークのように伽藍が立ち並んでいる。ブログではとてもすべて語りきれないので大事な所だけに絞ってお伝えする。

まずは山門をくぐると

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この巨大な虎(正式には世界一福寅)が手荒くお出迎え。

とりあえず本堂を目指すが、まだまだ遠い。

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途中にはたくさんのお堂が建ち並んでいるので一つ一つ、ご挨拶。

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ようやく本堂へ。

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清水寺や長谷寺と同じように崖に舞台が張り出すような造形で現在のものは1958年の再建。中ではかなり大きな声で10人位のお坊さんが読経をされていた。

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さすがに山の上なので見晴らしが良い♪この舞台からは奈良盆地が大きく見渡せる。

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本堂の扁額(へんがく)に注目してほしい・・・毘沙門天王と書かれた左右に居るのは何か分かるだろうか?

そう、百足(むかで)である。そしてこちらの欄間にも(;´・ω・)

なぜここに百足が使われているのか…お寺の解説によると

御本尊の毘沙門(ビシャモン)という名は本来古代インドのサンスクリット語のヴァイシュラヴァナの音訳だ。(ちなみに御真言は、オンベイシラマンダヤソワカ)
直訳するとよく聞く神の子であり、仏教では内陣の四方を守護する四天王の中で北を守護する多聞天(たもんてん)と云われる。

インドでは、夜叉(やしゃ)羅刹(らせつ)といった悪鬼たちを支配し、鉱山に眠る金銀などを発掘させる監督官で、財宝を守っている。

そして

金山の坑道を「ムカデ穴」と呼ぶことから、または昔からお金のことを「お足」といわれたことから、百の足…すなわち、大勢のお客さんがお足(お金)を運ぶとされて、ムカデを使者とする毘沙門天を商売繁盛の神として信仰されてきた。

さらに

運動会の競技にある二人三脚は走るのがとても難しいが、ムカデは百の足並をそろえて見事に走るということから、足の引っ張り合いをせず皆の力を合わせて事を成せば、大きな力を生むという教えを伝えているそうだ。いい話だなぁ(*´ω`)

そして日本では七福神のお一人として、金運如意、心願成就の福の神として、信仰されている。
私的には素直に納得できないところもあるが、まぁ昔からのことなので致し方なし…(ノД`)

百足の話はここまでで、朝護孫子寺のツボは…

本堂のすぐ横にある霊宝館。

有料なので、スルーされがちだが実はここに凄いお宝が伝わっている。

それこそが国宝紙本著色信貴山縁起絵巻(しほんちゃくしょくしぎさんえんぎえまき)である。

これは平安時代後期に描かれた絵巻物で、朝護孫子寺の中興の開山(つまり平安時代にこのお寺を本格的に造り、その正式な最初の住職ということ)である命蓮(みょうれん)上人にまつわる説話が描かれている。

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山崎長者の巻(飛倉の巻)

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縁起加持(えんぎかじ)の巻

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尼公(あまぎみ)の巻(いずれもネットから拝借)

の三巻からなっている。

人物の躍動感や表情が軽妙かつ的確で風景描写にすぐれていることから四大国宝絵巻の一つに数えられている。

ちなみに残りは

「源氏物語絵巻(げんじものがたりえまき)」
「鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)」
「伴大納言絵詞(とものだいなごんえことば)」
の三つ。

しかし私が凄い!と言っているのは三大とか作者がとか、そういう事ではない。

尼公の巻の写真をよくみていただきたい。

ここに大きな仏さまが描かれているのがお分かりいただけるだろうか?(◎_◎;)ジーっ

奈良で大仏といえば皆さまよくご存じの東大寺の毘盧舎那仏

この巻は命蓮上人のお姉さんが主人公で、若い時に奈良で僧になると家を出たまま行方知れずの弟を探すために旅に出たのだが、なかなか会えずに疲れ果て・・・なんとかたどり着いたところが「東大寺」だった。

そして大仏様のお告げによって信貴山へ向かい、無事に弟・命蓮との再会を果たすという物語。

東大寺は平安時代末期の1181年平重衡(たいらのしげひら)の指揮によって焼き討ちにあっており、焼失してしまったことは、ご存じの方も多いと思う。

しかし…この絵巻が描かれたのはそれより前のこと(@_@)え?

つまり、この絵の中に描かれた大仏さまの姿は天平時代に造られたオリジナルであるということなのだ!

この絵巻は、正真正銘本物の1260年前の姿を、今に伝える貴重な資料であり現存する唯一の証拠として知られている。

奈良は本当に凄いことだらけ(◎_◎;)







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