唐招提寺は南大門から一歩境内に踏み入れるだけでものすごく空気が優しい。

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真正面に立つ金堂(こんどう)はこのお寺の本堂。

天平時代の金堂建築として唯一現存する貴重な国宝建造物寄棟造(よせむねづくり)、本瓦葺きで、左右に鴟尾(しび)という伝説の魚の尾びれを飾る。

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円柱の中ほどに膨らみをもつエンタシス式の柱が並ぶ姿は雄大で温もりがある(*´ω`)

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解放された扉の奥には、御本尊の毘盧遮那(びるしゃな)仏を挟んで向かって右側に薬師如来左手に千手観音と、三体の巨大な仏像が立ち並び、四隅には東西南北を守護する四天王それに梵天・帝釈天がおられる。

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どの仏像もすごく厳しい眼差しだが、同時に慈しみに溢れているとでも言えばよいのか・・・とにかくとても温かく感じてしまうから不思議だ。

これらの仏像たちのお顔に、いったいどれほど多くの人たちが心癒され、救われてきたことだろうか。

ここで唐招提寺の成り立ちを簡単に解説。

奈良時代、日本ではまだ正式に僧侶になるための授戒を行う制度はなかったので、税や労役から逃れるために資格を持たない者が出家してしまい勝手に僧となる者が多くでてきてしまい・・・社会秩序の乱れにつながっていた。

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そこで聖武天皇の勅命により、正式な僧になるための資格を与えられるような高僧を招くために、普照(ふしょう)栄叡(ようえい)という留学僧が、遣唐使と共にに渡った。

苦難の旅の末にたどり着いた寺院で決死の嘆願をして、正式の伝戒の師として来日することになったのが鑑真和上(がんじんわじょう)であった。

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鑑真は、東大寺の戒壇院にて5年間にわたり受戒をしておられたが、のちに平城京右京五条二坊に寺領を譲り受け、戒律伝導の拠点として現在の唐招提寺を建立 。

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この講堂(こうどう)は平城京に建っていた東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)という建物を移築・改造したもので、境内の中で最も古い建物だ。

平城宮の中に建っていたものが目の前に現存している・・・こんな奇跡がたくさんあるから奈良は面白い(*´ω`)♪