今回は世界遺産・紀伊山地の霊場と参詣道の一つに指定されている吉水神社(よしみずじんじゃ)

ここは本来、金峯山寺(きんぷせんじ)の僧坊・吉水院(きっすいいん)であり、南北朝時代に後醍醐(ごだいご)天皇が吉野に入られたときに、まず吉水院に行宮(あんぐう)を設けて仮の御所とされた場所として名高い。

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桃山時代には太閤・豊臣秀吉が盛大な花見を催したことでも有名場所でもある。

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明治維新の神仏分離令により、後醍醐天皇を主祭神とし、併せて南朝方の忠臣であった楠木正成(くすのきまさしげ)宗信法印(そうしんほういん)という南朝時代の僧をお祀りする吉水神社とされた経緯をもつ。

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平成13年に焼失してしまった勝手神社(かってじんじゃ)もここに仮遷座されている。

勝手神社は平安時代に源頼朝(よりとも)からの追手から逃れて、別々に吉野を目指した義経と静御前(しずかごぜん)が再開を果たした場所でもあり、永遠の別れの場所でもあった・・・(ノД`)

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隣接する書院には、後醍醐天皇の玉座の間や源義経が潜居したと伝えられる間があり、重要文化財に指定されており、鎧や武具などゆかりの宝物が展示されている。

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この部屋は上段の間と下段の間で構成され、桃山時代特有の帳台構(ちょうだいがまえ)にリフォームされ、豪華な書院造様式に風格が加わった、典型的な桃山書院の姿をとどめている。

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襖絵や屏風なども高そうな感じだが確証もなく、真偽のほどは「なんでも鑑定団」に出さないとわからないが・・・(笑)

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この北闕門(ほっけつもん)と名付けられた門は、文字通り北に向いており後醍醐天皇がここに立たれて、いつの日か京の都に凱旋できる日を、どれほど心待ちにされていたことだろう・・・と思うと感慨深いものがある。




CMが新しくなりました(≧▽≦)




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