ご存じのように、東大寺が創建されたのは天平勝宝(てんぴょうしょうほう)四年(752年)のこと。

ブログでは、分かりやすいように西暦で記すようにして、あまり日本の年号は使用しないことにしているが・・・天平勝宝四年という年号くらいは頭の片隅に入れておいて欲しい。

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というのも、毎秋開催される正倉院展(今年は10月22日(土)~11月7日(月))に出陳されている数々の宝物の中にある、大仏の開眼会(かいげんえ)に使われた伎楽面装束などにも、この年号が刻まれているからとても親しみやすい♪(*´ω`)

ちなみに、聖武(しょうむ)天皇から孝謙(こうけん)天皇へ譲位されたときに年号が改められて天平勝宝になったことも知っておくと良いかもしれない♪

天平時代は、古代の日本が外国文化と融合することで、歴史上最も華やかな時代だったといわれており、天平彫刻の仏像は美術的観点からでも、超一級品のものばかりで、現代の仏師がいくら頑張ってもまったく歯が立たない(;´∀`)まけた~

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平安時代末期に源氏の味方についたことで怨みを買い、平家によって焼かれてしまった東大寺は鎌倉幕府による庇護で復活をとげる。

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1190年大仏殿の落慶法要(らっけいほうよう)には、もちろん源頼朝(よりとも)も参列している。(これは昭和の大修理の法要)

その後、戦国時代に入り1567年に起こった三好・松永の戦いの兵火により、大仏殿を含む東大寺の主要堂塔はまたもや焼失・・・(´Д⊂ばかーっ!

そして1691年に公慶上人による勧進および、徳川幕府の強力なバックパップで大仏が補修されるまで、ほとんど手つかずの状態だったので、頭が無い状態のまま124年もの間、放りっぱなしだった( ;∀;)

しかしながら・・・東大寺には、奇跡的にそれらの被害にあわず、創建当時のまま残されている遺構がいくつかある。

その一つがこちら・・・

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この大仏殿の前に立つ金銅八角燈籠(こんどうはっかくとうろう)は若干の修理されているものの、創建時の姿を留めており、天平文化を現在に伝える、数少ない作品の一つであり、堂々の国宝だ。

火袋の羽目板4面には楽器を奏でる音声菩薩(おんじょうぼさつ)像が浮き出るように鋳造されている。

4面の羽目板のうち2枚はオリジナルで後の2面は精巧なレプリカだが、じ~っと見てもどれがそうなのか・・・さっぱり分からないほどの出来栄え♪

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国宝の多くは、博物館などで保管されあまり間近でみることができないが・・・この燈籠は1260年以上の時を超え、戦火や自然災害をくぐり抜け、こうして我々の目の前に立ってくれているだけで、もの凄くありがたい(´▽`)

たまに、この前に立って得意そうに「そっちの扉はニセモノやからアカン!こっちが本物やからよ~見とき!」と説明しているガイドがいるが・・・アンタこそ偽物や!と言いたい(。-`ω-)




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※この記事は以前の記事を、リメイクしたものです。