大覚寺(だいかくじ)と聞いても、あまり京都に来られていない方には馴染みが少ないかもしれない。実際、同じような名前がたくさんあるから臨済宗の大徳寺(だいとくじ)とも、よく間違われる。

大覚寺は嵐山にほど近い嵯峨(さが)にある真言宗大覚寺派の本山である。

創建は平安時代の初期、第五十二代・嵯峨(さが)天皇によるもので…当時この地が離宮であったとき、その一角天皇とたいへん仲が良かった空海(くうかい)のために五大明王を安置するお堂を建てられたのが起源とされている。

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そして天皇が崩御された後、皇女・正子内親王が離宮全体を寺に改めたのが大覚寺であるが、この玄関と見事に手入れをされた松の木を見ただけでも、お寺というよりも離宮色が強いことがうかがえる(≧▽≦)

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御所から移築された玄関の車寄せには大きな菊の御紋!威厳と貫録を感じさせる。

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後ろを振り返ると、第九十一代・後宇多(ごうだ)天皇、ご愛用の輿(こし)と狩野永徳(えいとく)が描いた松に山鳥図に目も心も奪われる(◎_◎;)じーっ

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順路に沿って行くと、最初に目につくのが宸殿(しんでん)と呼ばれる建物。

江戸時代初期、徳川2代将軍・秀忠公お江との娘である和子(まさこ)後水尾(ごみずのお)天皇の皇后として入内されたときに、京都御所の中に建てられた女御御殿(にょうごごてん)の一部をここへ移築してきたものだ(これで一部?(;´・ω・))

上の写真ではお姉さん(?)方が必死に中を覗き込んでいるが、果たしていったい何があるのだろう?

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こちらの牡丹(ぼたん)の間を埋め尽くすこの襖絵は桃山時代を代表する狩野派の一人、狩野山楽(さんらく)が描いた。

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33畳の部屋にはめ込まれた18面の絵はどれも、金地の上に描かれた満開の牡丹で、ボリューム満点。

装飾的で祝福感に満ちた華麗な雰囲気は宸殿の格式にふさわしいものだ。

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寝殿造り(しんでんづくり)の特徴の一つである、上に開く蔀戸(しとみど)も漆が塗られて黒光り♪金色に光る金具の装飾も美しい。

よく見ると金色の蝉が止まっているが…わかるかな?(´▽`)

大覚寺はただ広いだけじゃなく、雅な風情をもつ代表的なお寺の一つ! こういう所は京都じゃないと中々お目にかかれない場所だろう。







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