神社とお寺はどう違うのか・・・



まず神社は・・・

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天照大神(アマテラスオオミカミ)をはじめとする日本古来の八百萬(やおよろず)の神さまをお祀りする神道(しんとう)

一方お寺は・・・

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インドが起源で中国を経て日本にもたらされ、お釈迦さまをはじめとする仏さまをお祀りする仏教(ぶっきょう)であるということ。

つまり全く違う宗教であり、しかもここで重ねて重要なのは本来は、神道も仏教もそれぞれ宗教とも言えない・・・。

一体どういうことなのか・・・(;´・ω・)

神道とは

日本では古来より四方を海に囲まれた島国という立地から、放牧民などではなく、早い段階で集落を作りムラを形成して、海辺では漁師、内地では農耕民族として暮らしてきた。

それゆえ自然に対する崇敬の念が高く、山・海・川はもちろん、大きな木などのようなものから草木花、お米粒一つにいたるまでありとあらゆるものにが宿るとして八百万(やおよろず)の神々と称されてきたのである。

たとえば単純に、雨や晴れなどの天候はもちろんのこと、地震や津波、月の満ち欠けなどのように、人間の力など到底及ばないものは、常に神さまの力として畏れ敬いながら・・・感謝の気持ちをもってお祀りしてきた。

仏教とは

もともとインドのゴータマ・シッダールタというインドのシャーキャ族の王子が「どのような行いと智慧を身につければ人間は幸せになれるのか?」と出家され、苦行の後に悟りをひらかれた。

彼の死後・・・その悟りの内容を弟子たちが学び伝えてきたのが経典すなわちお経なのである。
そこには人間が社会生活を送るうえで大事な道徳のようなものが書かれている。

そして

この二つに共通するのは、一般の人には戒律を強要しない・・・そのかわり、いくらお布施や供物をささげて祈ったところで、神も仏も一切何も叶えてはくれない(笑)なので「信じるものが救われる」といったキリスト教やイスラム教などの宗教とは一線を画している。

神社では、自然に満ち溢れた境内の清浄な空気に包まれ、さまざまな恩恵を神々に対して感謝を申し上げるために詣でるところだと思うし・・・

お寺では、仏像の慈愛に満ちた眼差しのなかに自分の姿を映し・・・自己啓発するための場所だと思う。

ただ、これらはあくまで本来は・・・という話で・・・

大飢饉や疫病などがひんぱんに起こる時代には、人間が心の拠りどころとして、神仏にすがるようになったし、天皇や貴族、そして大名たちからも神仏習合(しんぶつしゅうごう)という形で、厚く庇護されてきた。

またお寺は村の中では学問所であり、医者であり、相談所という役割も担ってきたので、救われた人達も大勢いたことだろう。

物欲に満たされた現代では

御祭神や御本尊の名前もご利益も分からないまま、心を入れてお参りもせず、おみくじを引き、お守りをお土産に買って帰るだけというありさまで、滅茶苦茶な状態になっている。

まことに嘆かわしいことだと思うが、かくいう私もかつてはそんな一人であったので・・・現在はこうして日々書き綴りながらわずかながらでも、先人たちの意識に近づければ・・・と思う(;・∀・)


最後まで読んで下さって有難うございます<(_ _)>


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